2010年12月24日
Buon Natale a tutti!

a campo imperatore (Abruzzo)
Steng’ ‘bbone!
viva Abruzzo! ×××
2010年12月22日
「被災地ラクイラには、
日曜日1日かけてゆっくり回るとして、
今日は今日で支援金(昨年の渡伊以降集まっていたもの)を
郵便局から送ってしまおう。」
と、
あれよあれよと予定を決められて、
急遽夕方ビーニ氏と会うことに。
「夜はエミリオ(アンナマリアの弟)が夏に企画した、
イスキア旅行の写真上映会&食事会に行くから戻っておいでよ~」
とアンナマリアに念を押されて家を出る。
迎えにきたビーニ氏の車に乗ったとたん、
「今日は奥さんがukoのために夕食を準備してるんだ、
勿論食べて帰るだろう」
って、
私に確認する前に準備されても困るんですけど….
既に予定があるからと断るも、
「その予定何とか断れない?!」の一点張り。
結局、
なんかフェアじゃないな~
と思いつつも、
何も知らずに準備をしてる奥さんが気の毒になって承諾。
こうやって、いつもアンナマリアたちとの約束を
犠牲にしてしまうので心が痛む。
さて、
ご機嫌になったビーニ氏と郵便局で送金を済ませ、
ビーニ氏の家へ。
今回彼が私に最も見せたかったのが、
19世紀イギリスの画家エドワード・リアが描き残したアブルッツォのスケッチ集!!

どこかの本屋でたまたま見つけて、
結構な値段がしたにも関わらず即購入してしまったそうで。
そもそも彼の職業でありライフワークは、
「アブルッツォが海外の人(やメディア)にどのように伝えられてきたか」
という視点からアブルッツォの魅力を探り、
新たに発信すること。(なはず)
そんな彼にとって、
風景から建築、街並みに至る約100点の緻密なスケッチ画は、
往時を偲ぶ貴重な資料であることにちがいなく、
宝物を見つけた様な感動的な出会いだったんだろうなと、
想像がつきます。

一枚一枚慈しみの眼差しで誇らしげに説明してくれる姿からは、
彼の深~いアブルッツォ愛がヒシヒシ伝わってきます。
そして、彼の深いアブルッツォ愛に触れるたびに、
私も何か自分の確信に触れたような幸せな気分になります。
強引なところもある人ですが、
ビーニ氏と過ごすマニアックな時間は、
やはり私にとってかけがえのない特別な時間なのです。
息子のパオロが戻るのを待つ間、
奥さんのフランチェスカから、
今建築中の新居のインテリアについて話を聞き続け。
特に3つあるバスルームのタイルへのこだわりを
誰かに聞いてほしかった様で…
夕食のあとは腹ごなしのパッセッジャータ。
なんと、ヨットハーバーから砂浜にかけて
とんでもない橋が架けられていました。

歩行者&自転車専用の橋。
春に開通したばかりだと言うのに、
この人気のなさ…
これはいらんもん作ってもうたんちゃうか…
2010年12月21日
去年会った時は出産間近で、
お腹がパンパンだったアレッシア。
その時、
生まれてくる子の名前は、
最近少し痴呆が始まりだしたという、
旦那様のお父様の名前にすることにした
と聞いていました。
professoreと呼ばれていたトンマーソ氏も、
そのことを大変喜ばれているからと。
そして今回、
“ピッコロトンマーソ”
に会えるのをとても楽しみにしていました。
なかなかタイミングが合わず、
朝の散歩の時間を狙って会おうということに。
Chietiのパラッツォと呼ばれている公園で待っていると、
ベビーカーを押しながらアレッシア登場!!
トンマーソー!!チャオー!!

いたずらっ子な目はお母さん譲りだねえ。

しばらく公園で遊ぶ。
お母さん姿のアレッシアがまだ少し不思議な感じ。
テラスのあるカフェでソーダを飲みながら、
慌しく近況を報告しあい、
旅の最後にもう一度アブルッツォに戻ることを告げると、
今度こそディナーを用意するから家に来て、
ということに。
再会を約束してお別れ。
アンナマリアの家に戻ると、
お昼ご飯の準備をしてディエゴも待っていた。

いい笑顔だわ。
すっかり懐いてくれた様で、
おばさんは嬉しいよ。

トマトソースのブカティーニ。
物欲しげなディエゴ。
でもこれは私が味見するためのもの。
ちょっと待ってや。
ちなみに、
この日アンナマリアが
私のためにもうひとつ用意してくれていたのが、

いろいろキノコのリゾット!!
もちろん私は、
自分のためにと用意してくれたキノコのリゾットと、
マリオやディエゴのために用意したトマトパスタと、
どちらも美味しく頂きます。
はぁ~幸せ…
アンナマリアありがとう。
